4 月に新しい職場に異動しないのは、今の仕事になって初めて。引っ越ししたり 退職/就職の手続きをしたりする必要がないのは助かるのだけど、仕事自体が けっこう忙しいので以下略。
月後半からは仕事の量が少なめで楽になったが、体調不良気味で嫌な感じ。 杉花粉の時期になると鼻炎などの典型的な花粉症の症状はあまり出ないのだけど、 外出すると全身倦怠感が出てきてしまう。
タクシーを降りたところで森田さんと会ったので、一緒に会場の東京理科大森戸記念館 へ。神楽坂の細い路地の奥にあって、一人だったら絶対迷っただろうな。
事前に参加申込みしてあったので受付を済ませてから会場内のラウンジへ。 いろいろな人が集まってくるので挨拶したり雑談したり。
佐藤さんの開会挨拶を聞いてから Warner Losh の Tracking FreeBSD in a Commercial Setting。総論的なことが多い印象。
昼食は弁当。 3 種類から選ぶ形式。食べ終わった後で、栗山さんと jp.FreeBSD.org の運営話をいろいろ。新サーバに移行するために現行のサービスを整理したいよね、 とか。
BSD implementations of XCAST6。 kimai さんの XCAST6 話はこれまで「BSD なひととき」などで何度も聞いている けれど、英語でのプレゼンテーションはなんか新鮮な印象。
午後 2 コマめはどれを聞こうか迷ったけど Send and Receive of File System Protocols: Userspace Approach With puffsへ。 NetBSD の puff 話だけど、最近のこのあたりの話の進み方に ついていけてないのを実感してしまう。ある程度の前提知識がないと英語での プレゼンテーションはつらい。
会場の一室で懇親会。いろいろな話。主要メンバーは 1 日目から宴会続きで 疲れているらしい *1ということで二次会なしで帰宅。
asiabsdcon 20084 日目に行くつもりだったけれど、断念して一日休養。平日に神経を使う仕事を しているせいか、週末に一日は全面的に休養をとる日をとらないと体がもたない感じ。
関係者でもいろいろ話題になったので。
例の spam 対策をする前後について、
もともと私は users-jp の管理者ではなく一人の参加者として議論に参加していた のだけど、 users-jp の参加者がどういうものを望んでいるのかよくわからなかった。
自分自身でテストしてみて、技術的にはある程度の spam を許容するか *1登録者のみ投稿可能に制限するかどちらかしかない、というのは見えていた。
誰でも投稿可能であることを前提とした利用 (具体的には USB の動作報告) も されていて、当初はそうした利用を否定するよりもある程度の spam を許容 (して受け取る側で spam 対策) するほうがいいかな、って思っていた。 でも、次第に spam の量がひどくなっていくにつれて、参加者のみ投稿可能に したほうがいいと思うようになってきた。
で、 users-jp で参加者としての立場で話題を振ってみたのだけど、意見が集約 しないし、 USB 等の動作報告をまとめていた人からは何の意見も出なかったので、 私自身が管理者になって決めるしかない、ということで前任の aki さんに お願いして共同管理者になり、 ML の設定変更を行った。
メーリングリストのアーカイブが壊れている問題は、当該部分を担当されていた方が 多忙で対応できなくなったのが原因。
なんとかしたいのだけど、私自身はアーカイブが動いているサーバの root 権限は 持っていないし、「現管理者 *2で直せないなら私がやるから root 権限ちょうだい」 と言っても反応がないし、ということで私ではどうしようもない状態。
新サーバへの移行問題もあるし、このあたりは一度ミーティングを行って 責任範囲の分担を話し合わなきゃね。
地域毎に顔をあわすことができる範囲 *3ならともかく、全国規模での「コミュニティ」がどういうものなのか、また どうするべきなのか、正直言ってよくわからない。 users-jp という「場」を 提供して、参加者の方々で自由にやってください、というしかない。
日本の FreeBSD の欠点は、 FreeBSD を仕事としている人がほとんどいない、 という点だろうか。 FreeBSD の活動のためにそれなりに時間をさくことを 職場的に認められている人が少ない、と言い換えてもいい。例えば NetBSD では NetBSD での活動を会社的に認められて時間をとれる方 *4がいてうらやましい。全国的なイベントを行うにはそういう方の存在が必須だと思う。 大学などで OS 自体の研究をしているところは NetBSD なことが多いみたいだし。
今回の asiabsdcon の中心となった hrs さんはそういう時間がとれる貴重な方 なんだけど、大学に所属されている hrs さんが都合をつけられる時期と 大学以外にいる人が協力しやすい時期とは異なるのが悩ましい。
FreeBSD を仕事としている人が少ない、というのは本家方面でも実は問題で、 各種の研究でコードを書く人はいるのだけど裏方になれる人がいなくなっている。 かっては CD-ROM の売り上げで Walnut Creek CDROM -> FreeBSD Mall という 方面から人やお金が出ていたし、プロジェクト自体の規模も小さかったから なんとかできていた。フルタイムで働ける人が必要になってきているのだけど、 FreeBSD Foundation 等でお金を集めて雇えるのか、また現在のように大きく かつこだわりがある人が多いプロジェクトの中心になって働けるような人が 来るのか、いろいろ悩みは多いらしい。
今月末で FreeBSD QandA プロジェクトを終了させることになった。
某所の匿名でも投稿できる掲示板ではいろいろ意見が出ているようだけど、 内部にいた一人としての意見を書いておく。
FreeBSD 関係の各種プロジェクトは、どこも「少数のスーパーマン」に よって維持されてきた感が強い。 FreeBSD QandA についていえば、そのかなりの 部分が aki さん個人によって書かれたものであり、 FreeBSD QandA プロジェクトは そのメンテと更新を行おうとしたけれど失敗した、というのが正直なところだと思う。
某匿名掲示板が有名になってから、それを利用した個人攻撃が非常に醜くなってきた。 これが関係者のモチベーションに非常に悪影響を及ぼしてきたのは事実だろう。
aki さんは users-jp 関係でも多大な貢献をされた方だが、 aki さんが users-jp で何度も強調されていた「質問したらちゃんとまとめを投稿しよう」という方向性は 間違っていなかったと思う。でも、個人攻撃が醜くなるにつれて、そういうまとめ役を しようという方もいなくなってしまった。
最近の私は jp.FreeBSD.org 関係で活動しているメンバーの中でもスポークスマン的な ことをすることが多いのだが、これは個人攻撃をする卑怯者の相手になるのは 私一人で十分だ、という認識が一つの理由になっている。
FreeBSD に限らず OS レベルでの「コミュニティ」活動が活発でなくなってきている というのは当然だと個人的には考えている。かっての FreeBSD 関係の 活動が盛んだったのは、 FreeBSD が (SUN OS や Solaris 等の商用 OS と比べて) 使えなかったために有志が努力したのであって、 OS のような基盤的な技術を 一般のユーザが気にしたりユーザコミュニティを作らなければならない状態が 続くほうが間違っている気がする。
そういう時代に OS の開発をどう続けるか、というのはまた別問題。
についていえば、投稿数と投稿者から判断する限り、それなりの活発さで 利用されているし、ベテランと言われる方々もフォローに回っているので 心配はしていない。
個人的には議論の中身まではフォローする余裕はないのだけど、 ML の設定変更を して正解だと思っているし、今の状態で利用されるのであれば管理者として 裏方をするモチベーションもでてくる。
某所の匿名でも投稿できる掲示板をざっと見た限りでは、一方的な思い込みで 投稿される方 *5が目立つ。 users-jp から spam が排除されてからもう 2 年以上経過しているのにね。 匿名だからこそ無責任な発言ができるんでしょうかね。そういう連中にまで 構っている暇はないので放置です。
個人的にいろいろ話した範囲では、「日本独自の活動はなるべく少ない方がいいよね」 「できるだけ本家に直接 commit していこう」というのが関係者の間の 共通認識のように感じている。「日本の FreeBSD 友の会なんていらない。本家さえ あればいい」という方が多くなれば、それはそれで私たちの方針と合致しているので 嬉しい (ぉ。
私はあとから加わった一人なので伝聞なのだが、日本の「FreeBSD 友の会」という 名称は「ユーザグループ」ではなく開発などでもっと積極的に関わっていく集まりに したいという意味があるらしい。
某所は mhatta さんが「どこも悩みは同じか部門より」と書いているのが 非常に印象的でした。